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限定承認の却下後の相続放棄

前回のブログで「限定承認」という手続きがあることを書かせていただきましたが、この限定承認の申し立ては、相続人全員の一致をもって申し立てることができるとされているため、相続人のうち一人でも、限定承認をすることについて翻意(方針変更)した場合は、相続人全員の一致という要件を欠くことになり、翻意した相続人だけでなく、翻意していない相続人をも含む全員の申し立てが却下されることになります。そして、限定承認が却下された場合であっても、未だに熟慮期間が経過していなければ、相続人は、改めて相続放棄の申し立てを行うことができることはいうまでもありません。しかし、限定承認が却下されたときには既に「熟慮期間」が経過している場合があります。

熟慮期間については、これまでのブログ「相続放棄はどの様にする? | 司法書士上野秀章事務所」や「熟慮期間後でも相続放棄はできるのか? | 司法書士上野秀章事務所」などに書いていますが、熟慮期間経過後に限定承認が却下された場合、単純に熟慮期間が経過しているのだから「相続放棄」を申し立てることができないとすると、限定承認を申し立てた相続人の意図を無視し、意思決定の機会を奪うことになると考えられ、逆に「相続放棄」の申し立てができるとすると、相続債権者が長期間にわたり不安定な状態に置かれ、相続の承認や放棄等について早期に決着を付けようとする熟慮期間の制度趣旨に反してしまいます。この様に、熟慮期間経過後に限定承認が却下された場合は、どの様に考えるのでしょうか。

判例によると、限定承認の申し立ての却下が熟慮期間経過後にされた場合であっても、これに引き続いて改めて相続放棄の申し立てをすることができるとしています。

 

【神戸家裁昭和62年10月26日審判】

この事件は、限定承認の申し立てを却下する審判がなされたが、既に熟慮期間が経過していた。しかし、相続人らは、限定承認が却下される見込みとなった段階で、却下に先立ち相続財産に対し破産開始の申し立てを行い、その結果、相続財産につき破産手続きの開始決定がされました。

相続人らは、相続財産に破産手続きが開始されれば、原則として、相続財産に属する一切の権利義務を相続しないものと考え、相続放棄の申し立てを行いませんでした。これを受けて、国税局長は、相続債権者として、相続人所有の不動産に対して滞納処分を行いました。

相続人らは、当該滞納処分に対し審査請求を行いましたが却下されたため、裁判所に対して差押処分の取消訴訟を提起しました。しかし、これも敗訴したため、相続開始後10年以上経過しているにもかかわらず、相続放棄の申し立てを行ったことから、この様な相続放棄が認められるか否かが問題となった事件です。

裁判所は、①熟慮期間経過後に限定承認の申し立てが却下された場合であっても、これに引き続いて改めて相続放棄の申し立てをすることができるとしたうえで、②限定承認の申し立てが却下されてから10年以上経過した後に、相続放棄の申し立てをした場合であっても、限定承認の申し立てをした共同相続人の一部の翻意により、その申し立てが却下される前に、相続財産につき破産宣告の申し立てをして、被相続人の債務の承継を回避しようと試み、その効果を信じていたなどの事情があるときは、相続放棄の申述は受理すべきであるとしました。

熟慮期間は、原則として、相続人が相続開始の原因たる事実及びこれにより自己が法律上の相続人となった事実を知ったときから起算すべきであるが、相続放棄をしなかったのが、被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との交際状態や、その他諸般の状況からみて、相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な状況があり、被相続人の相続財産が全く存在しないと信ずるについて、相当な理由があると認められるときは、熟慮期間は、相続人が相続財産の全部または一部の存在を認めたとき又は、通常これを認識できるときから起算すべきである(最高裁、昭和59年4月27日判決)としています。

この最高裁の判例に照らして、前段の神戸家裁の②の判断について、ややゆるやかと思われるところもありますが、①の判断に関しては正当であると考えることができます。

 

【最後に】

これまでのブログで書いた通り、相続は単純承継だけでなく「相続放棄または限定承認」を検討する必要がある場合があります。そして、相続手続きと聞くと、親や祖父母の相続を考えることが多いかもしれませんが、被相続人が「遺言」や「生前整理」をすることで、相続人にスムーズに財産を承継してあげることができるかもしれません。

遺言や生前整理は「相続人に対する思いやり」だと、私は考えています。ご自身の財産を確認して、その財産を誰に承継させたいのかなどを事前に考えることで、生前整理などにもつながることにもなります。

ご自身と、ご自身の大切な人のために、相続人が誰になるのか、どの様な相続財産があり、どの様な手続きが出来て、どの様な財産を残し、誰に何をどう相続させたいのかなど、生きている間に検討してみてはいかがでしょうか。

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