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在日外国人が日本で遺言をするには

これまでのブログで「外国籍の人の相続手続き」について書いてきました。しかし、書いてきた内容は、その準拠法や法定相続手続きなどで、どれも遺言が無い場合を基本に解説してきました。

よって、今回は「外国籍の人が日本で遺言をすることができるのか。」について書きたいと思います。これまでのブログでも書いてきた通り、外国籍の人の相続手続きは、被相続人の国籍で法律が異なるため、準拠法や法定相続手続きが異なります。では、遺言者が外国籍である場合の遺言書の作成は、どの様に考えるのでしょうか。

 

【遺言準拠法】

遺言は、遺言者が死亡した後に一定の法律効果を生じさせるものです。そのため、遺言者の真意を確保し、遺言書の偽造・変造を防止するため、厳格な方式に従うべきです。そして、過去のブログ(遺言はどうやって作るの?)でも書きましたが、日本では、自筆証書遺言や公正証書遺言など、遺言の方式を日本の法律で厳格に定めています。しかし、他の国の法制は必ずしも日本と同一ではないため、ある国の方式を遵守することを厳しく要求すると、別の国の方式では不備ということで、外国籍の人の遺言が無効となり、遺言者の意思が実現しないかもしれません。

また、国を跨いで法律を適用する場合に、当事者国の法律を調整するための各国の国際私法の規定も必ずしも同一ではありません。この様に、遺言の方式に関する各国の国際私法の規定が不統一だと、同一の遺言であっても、適用される法律が異なることによって、ある国では有効とされ、別の国では無効とされ、不都合な結果が生じることになります。そこで、遺言の方式に関する各国の国際私法の規定を統一する必要性がある訳です。

そこで、国際私法の統一を目的とする政府間の諮問機関であるヘーグ国際私法会議が、遺言の方式に関する各国の国際私法の規定を統一する目的で採択した条約案に基づく「遺言の方式に関する法律の抵触に関する条約」という条約があります。この条約が定める国際私法の規則の特色は、単なる方式上の理由で遺言が無効となることを国際私法の立場からできるだけ避けようとしており、遺言の保護のため、遺言の方式に関する準拠法を数多く掲げ、問題となった遺言の方式が、それらの数多く掲げた準拠法のうち、いずれか1つでも適合していれば、遺言の方式に関して有効であるとしています。

日本では、この条約の批准に伴う国内立法として「遺言の方式の準拠法に関する法律」(昭和39年6月10日法律100号。以下「遺言準拠法」という。)を制定しました。この法律の内容は、この条約に定める国際私法の規則の表現に若干の修正を加えただけで、殆どそのまま取り入れたものとなります。

 

この条約(遺言の方式に関する法律の抵触に関する条約1)及び法律(遺言準拠法2)によると、遺言の方式について

  • 行為地法(遺言準拠法第2条第1号)
  • 遺言者の遺言の成立または死亡当時の本国法(遺言準拠法第2条第2号)
  • 遺言者の遺言の成立または死亡当時の住所地法(遺言準拠法第2条第3号)
  • 遺言者の遺言の成立または死亡当時の常居所地法(遺言準拠法第2条第4号)
  • 不動産に関する遺言については不動産所在地法(遺言準拠法第2条第5号)

上記のいずれかに適合していると、その遺言は方式上で有効であるという事になります。

この「遺言の方式に関する法律の抵触に関する条約」は、日本だけでなく、オーストラリア、オーストリア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、ベルギー、大韓民国(以下「韓国」という。)、中国香港特別行政区、クロアチア、デンマーク、エストニア、フィンランド、北マケドニア、フランス、ドイツ、ギリシャ、アイルランド、イスラエル、イタリア、ルクセンブルク、オランダ、ノルウェー、ポーランド、ポルトガル、セルビア、モンテネグロ、スロベニア、スペイン、スウェーデン、スイス、トルコ、イギリス、アンティグア・バーブーダ、ボツワナ、ブルネイ、フィジー、グレナダ、レソト、モーリシャス、スワジランド、南アフリカ、トンガなど、沢山の国が承認書、批准書又は加入書を寄託して締約国となっています。従って、外国籍の人の遺言が、この条約および条約を受けて制定された遺言準拠法に定める統一規則に従った方式を遵守していると、いずれの締約国においても、その遺言方式に関して有効と認められます。

 

【遺言の方式について】

遺言方式の有効性について解説してきましたが、その「遺言の方式」とは、一般的に、その遺言が如何なる証書によってなされ、その証書は如何なる手段や方式に従って作成され、証人の立ち会いが必要か否か、病気その他の事由によって死亡の危急に迫った際の遺言なのか否かなどといったことを意味します。しかし、その遺言方式のうち、遺言の適正年齢や証書の種類などに制限が生じることはないのでしょうか。例えば、ドイツ民法第2238条第3項および第2247条第4項によると、ドイツ人の未成年者は秘密証書遺言や自筆証書遺言によって遺言をすることが出来ないとされており、他にもオランダ民法第992条等では、外国に居るオランダ国民は、その証書が作成される国の方式に基づく公正証書によってのみ終意処分をなし得ると規定しているため自筆証書遺言によることができません。この様に、本国法で、遺言の方式に関して、年齢や証書の種類や方法などに制限が設けられている場合は問題が生じてしまいます。そこで、遺言準拠法第5条では「遺言者の年齢、国籍その他の人的資格による遺言の方式の制限は、方式の範囲に属するものとする。遺言が有効であるために必要とされる証人が有すべき資格についても同様とする。」と規定しました。これにより、日本在住のドイツ人の未成年者も、行為地法である日本法によって自筆証書遺言や秘密証書遺言も有効にすることができ、日本在住のオランダ人も同じく日本法によって自筆証書遺言を有効にすることが出来ます。

なお、不統一法国の国民については、その国の規則に従い遺言者が属した地域の法を、その様な規則がないときは、遺言者が最も密接な関係を有した地域の法を遺言者の本国法とすると規定(遺言準拠法6)しており、その外国人が最も密接な関係を有した地域が日本であれば日本法となります。

また、遺言準拠法第2条第3号にいう住所地について、実際の住所と常居所とは一致することが多いのですが、常居所地法だけでなく、住所地法も準拠法とした理由として、例えば、イギリス法において、イギリスに住所があるとされた者は、身分能力の問題についても、広くイギリス法が適用される(住所をもって属人法とする国がある)関係から、常居所とは認められないが、住所とは認められるときは、遺言者保護の立場から、その住所地の国の法律に従って遺言をすることが出来る様にしたのです。

遺言準拠法第2条第4号にいう常居所地とは、人の平常の居所を意味し、住所とは異なり、主観的要件である定住の意思を必要とせず、平常そこで生活しているという客観的事実があれば足りると解されています。しかし、単なる居所とは違って、人が相当長期間にわたって居住する場所であることを要します。

遺言準拠法第2条第5号で、不動産に関する遺言について、1号から4号に掲げられた法のほか、不動産所在地法が準拠法とされたのは、過去のブログでも出てきたことがありますが、主として英米法で認められている規則を採用したものです。

遺言者の国籍、住所または常居所が重複するときは、複数の本国法、住所地法、常居所地法がそれぞれ準拠法となるものと解されます。ただし、遺言準拠法第8条「外国法によるべき場合において、その規定の適用が明らかに公の秩序に反するときは、これを適用しない。」とされており、必ずしもすべてを準拠法とする訳ではありません。また、これまでのブログでも書いてきましたが、国を跨いで法律を適用する必要があるときに、日本としては、どの様に手続きをすべきかを定めた「法の適用に関する通則法(以下「通則法」という。)」というものがありますが、この通則法第43条に「この章の規定は、遺言の方式については適用しない。」と規定しており、同じ章の第41条(反致)の問題に関して遺言の方式について適用されません。

 

【日本に在住する外国人の遺言方式】

日本に在住する外国人が、その本国法の定める遺言の方式に従って遺言をすれば、方式の点で有効なことはもちろんですが、これまでに書いてきた通り、それに限るものではなく、遺言書の作成地たる日本法、住所、少なくとも常居所地たる日本法、日本にある不動産に関する遺言であれば、その不動産所在地である日本法の定める方式に従う事で、その遺言は方式の点で無効とされることはありません。日本や本国以外の国や地域に住所や常居所があると認められる場合ですと、その国または地域の法律に定める遺言の方式に従って遺言しても方式の点では有効となります。また、遺言の成立または死亡の当時における遺言者の住所が知れないときは、遺言者がその当時に居所を有していた地域の法律を住所地法とみなして適用します(遺言準拠法7)。

 

【遺言の方式の有効性と、遺言の効力について】

これまで遺言方式の有効性について書いてきましたが、注意しなければならない点があります。

例えば、韓国は平成19年7月14日より、ヘーグ条約の締約国となりました。そのため、遺言の内容が韓国で問題とされる場合であっても、ヘーグ条約を受けて制定された遺言準拠法に定める方式に従っている限り、方式に関しては有効であり、別途、韓国の国際私法の規定を確認する必要はありません。しかし、ヘーグ条約は、遺言の効力について規定しているものではありません。従って、ヘーグ条約締約国であっても、遺言の内容が韓国で問題とされる場合、その遺言の方式は有効であっても、内容について効力を有するかは別の問題であり、遺言内容の効力を確認するためには、当該外国の国際私法を参照する必要があります。この点、韓国国際私法第50条は、遺言の成立および効力については、遺言当時の遺言者の本国法によるとしています。

 

上記の内容を読んで、どの様に思われたでしょうか?

ご自身やご自身の周りに外国籍の方が居られ、その方の相続が発生した場合、どの様な手続きとなるのでしょうか?日本の法律が適用されるのか、適用されないのかを分かっていたら、遺言書の作成や生前整理など、色々と考えることが出来ると思います。

相続手続きと聞くと、亡くなった後の手続きと思われがちですが、相続手続きは亡くなってからの話ではなく、亡くなる前からのお話です。ご自身と、ご自身の大切な人のために、相続人が誰になるのか、どの様な相続財産があり、どの様な手続きが出来て、誰に何をどう相続させたいのかなど、生きている間に検討してみては如何でしょうか。

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